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TaraLog/2005-06-26

;GEX;;SS;ほんの少々、幕末に思いをはせつつ、もちだった、という旅行。福島旅行会津若松編

 昨日のラスト観光五色沼が家族一致でお気に召したために、会津若松中心の観光を考えていたたらこせる家だったが、早朝の五色沼に出かけようという案が採択された。
 昨晩のドライブでそのガソリンを失ってしまったでみぞうを近くのGSまで走らせる。レギュラーリッターで119円。高いがいたしかたない。
 今回のプランはこうだ。片道4キロ弱、通常大人で約一時間の行程なのだが、二人の子供づれ、往復はまず無理。でも車どうすんだよ、なのでバスを利用してみようということになった。その時間が8時半。これを逃すと二時間近くもあいてしまう。こりゃいけんよ、とそそくさとバイキング会場に向かって食事をとる。

 だが、毎朝遅刻ぎりぎりで飛び出す家族に、そんな時間管理ができるはずもない。いい加減なところで「ま、タクシーあるんじゃない?」ということでまま裏磐梯に車を走らせた。昨日の駐車場はまだカラの状態。バス停が近くにあったので檜原湖方面へのバス時刻表をきちんと見てみるとすぐにある模様。そんなものだ。
 バス移動して檜山湖まで。結構な距離を感じた。しかし、下りハイキングになるのはよいだろう。檜山湖の売店などをつっきると五色沼のひとつが顔を出した。登場の柳沼は昨日の毘沙門沼に比べると少々印象が薄い。五色の名前を冠するにはもうちょっと湖水がな、などとにわか湖ウォッチャーになっている自分である。 http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/1119846261801.jpg  柳沼をスタートして青沼、るり沼、弁天沼、龍神沼、みどろ沼、赤沼、そしてゴールが一番でかい毘沙門沼。最初のほうこそ道悪にてこづっていたむすこせる二号もえっちらおっちら下っていく。裏磐梯を展望できるるり沼は、しかし鑑賞スポットが限られていて残念。その先の弁天沼が広い湖面を何色にも染めていて面白い。この弁天沼あたりに到着したあたりで行き交う、追い越される観光客の数が増えていった。
 結局下りの4キロ弱一時間と数十分で歩ききった。既にぐだぐだの状況のむすこせるども。駐車場に戻ってみると、観光バスが退去してきたりして、結構混雑が始まっていた。なんか昨日といい、動き早くできてるのはヨメ勤務先の変更に伴う朝型生活に移行もあるんだが、ちょっと得した気分、だ。 #clear

磐梯ゴールドライン通過して、東山温泉まで移動。

http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/F1000345.JPG  さて、昨日プールを済ませて、「本日は大人向け渋々路線」というのがヨメのたくらみ。会津市内への移動するのだが、この際有料道路となる磐梯ゴールドラインをチョイス。早起きの影響、というわけではないがむすこせるどもは少々お疲れ気味のご様子。このゴールドラインの頂上付近では磐梯山の火口というか噴火跡が間近に見えるスポットがあるのだ。ここもバスはあるけど人がいない状態で堪能させていただく。既に「山見てもな」状態のむすこせるどもは車を降りようともしなかった。
 カーブのゴールドラインはもちろん車の混雑もなくするっと抜けて、会津市内へ突入。このあたりでお昼をまわり、いよいよ福島県での大団円が近づいてきた。だが、俺のほうも少々眠気に襲われてしまったので、温泉を先にしてもらって仮眠をとることにする。目指すのはこのあたりでは一番らしいということで東山温泉。なんか男風呂女風呂お互いのぞける窓のあるところがありそうだったのだが、これはまだ営業時間でないということだったので、ガイドにあるホテルでひと湯浸からせてもらうことにした。会津武家屋敷を通り過ぎて東山温泉グランドホテル。千円払ってタオルもらって日帰り温泉である。
 しかし、ここもまた、広い浴槽ではあるのだが、面白み、というかけれん味にかけるというか、泉質もかようにまで効きそうだ!と思えるものではなかった。少々しょぼくれて、そして、気を失った。気を失っても洗い場にただ一人。ヨメと同行した一号のどんどんと中窓を叩く音でようやく起きた。
「あ~...普通だったよねえ?」「え?すごいぬるぬるしててよかったよ」...え?ぬるぬるなんてしていたか?男風呂と女風呂で泉質違うのか?ともあれ、俺は睡眠時間を、ヨメは泉質で喜びを感じたのでよいということにするか。彼女は風呂場に時計を置き忘れて、武家屋敷目の前にしてとってかえすことになってしまったが。

会津武家屋敷~自分の会津記憶などを呼び起こしながら見ると楽しい。

「ほんとはこういった歴史関連のブツ見るのも好きなんだけどねえ」...ヨメがちらりと子供を見ながらこぼす。♪でっでれれでっでれれでっでれれででででんと会津といえば「獅子の時代」、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドのテーマがこだまする(俺脳内のみ)なか、早足に動くむすこせるとヨメを見送る。
 実は、小学六年生を生地で迎えたならば、修学旅行はここ会津だった。転校してしまって、結局修学旅行は新潟市となってしまった。ので四半世紀の時を経てようやく踏み入れた武家屋敷、そして会津藩は山田風太郎の明治物でも登場することが多く、武家屋敷敷地内に足を踏み入れるとすぐに西郷四郎の銅像がお出迎え。ああ、そうだった。姿三四郎のモデル西郷四郎もまた会津の人であったんだった。明治物だと「幻燈辻馬車」か。だが、武家屋敷内は昨年の「新撰組」ロケにも使われたとあって、会津出身者よりも新撰組の押し出しのほうが強い。
 マネキンも各種おかれているが、最後は自刃した老中妻子の姿であり救いようのない維新のもうひとつの姿が描かれている。が、資料室の最後を飾っているのは捨松のマネキン。そうだった、薩摩の大山巌の妻となった捨松の出身地もまた会津だったんだよなあ。会津出身でありながら海外を少女時代にまわり、その経験をもとに鹿鳴館の舞踏会にかかわった女性。すっかりその存在を忘れていたよ。旦那の大山巌は靖国神社近くに銅像があるが、夫人はここ会津にいたのだなあ。
 などと自分内会津を脳内で楽しむ時間は、さすがにむすこせるどもがいるとそんなには楽しめないのである。屋敷を離れて揚げまんじゅうをヨメと分けて食べて、昼飯にそろそろ、と思い退出した。

ソースカツ丼平らげて、鶴ヶ城キャンセルの後七日町通り

http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/1119846437644.jpg  温泉のホテル、武家屋敷の売店などでパンフレットをさまざま入手。昨日喜多方でもラーメン屋で「ソースカツ丼」のメニューを目にして「?」と思ったのだが、会津は「ソースカツ丼」を打ち出したい、らしい。それではそれにのっかろう、ということでこの後の鶴ヶ城見学を考えて店舗をヨメにチョイスしてもらう。
 到達したのはチェーン店っぽい店舗。メニューにはソースカツ丼の名前がない。パンフレットに確かにのっていたのだが...聞いてみると「ある」らしい。それでは、と注文してみた。「なんか想像していたのと違うね...」うむ。まずくはない、が名物としてのインパクトはどうだろう?
 そんなソースカツ丼に肩を落として、車は会津市内を巡る。城も見えてきた、が、帰りが心配になる時間帯となってきたこともあって街並みをさらっと見る&ソースカツ丼で膨れた腹ではあるけれど、パンフレットの写真が気になるみそ田楽店舗をぜひ攻めたいということで城はパス。七日町通りに突入した。 #clear http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/1119846719816.jpg

#clear http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/1119846640504.jpg http:/p.xiaopu.net/albums/dc/F900iT/0605/1119846551020.jpg

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